歴史
日本の結婚形態は、古代から中世、中世から近代、現代と、大きく3期に分けてその変遷が説明される。結婚披露宴も、結婚形態の変遷に伴ってその意味合いを変えてきた。
古代から中世(鎌倉時代)初期までは、夫が妻の元に通う妻問婚が広く行われた。当人同士の恋愛から始まり、男が女の家に通って夫婦関係を発生させる。結婚を認めるのは女性側の親であり、一種の婿取り婚とされる。女性側では多くの飲食物で婿を歓待し、親戚らを招いて婿を披露する宴会を催した。平安時代には、「三日夜の餅」など結婚式らしい儀式も生じた。
中世から近代(戦前)に至る時期には、嫁入り婚が広まった。嫁入り婚では、嫁が男性側の家の一員となる嫁入りによって結婚が成立し、夫婦の生活も婿方でされることが多い。結婚は家と家との結びつきの端緒という側面が重視され、男性側の家に両家の親族らを招いて結婚披露宴が催された。嫁入り婚は、武家に見られる父権家族制度の現れであり、その成熟に伴って武家以外の社会にも定着していった。封建社会組織が確立してくると、お見合いや婚約・結納、儀式の日取り、結婚披露宴の式次作法も整備され、小笠原流や伊勢流など、儀礼の流派まで誕生した。明治時代に制定された旧民法の家制度、それに基づく戸籍制度でも、嫁入り婚を基本的な結婚形態として構築されている。
戦後、1946年(昭和21年)に公布された日本国憲法(特に14条、24条など)と、これに基づいて改正された現行民法(家族法)の規定により、結婚と夫婦・家族に関わる制度と認識が大きく変わった。現代では、結婚は、一方が他方の家に入るという形ではなく、「両性の合意」のみに基づいて、新しく独立した夫婦・家族を形成するという認識が強い。そのためお見合いは減少し、恋愛結婚が重視される。また生活の実態としても、夫婦とその子だけで生活する核家族が多い。そのため、結婚式・結婚披露宴は、夫婦の家やその実家で行われることが少なくなり、ホテルや結婚式場、レストランなどで行われることが多くなった。もっとも、家と家の結びつきという側面は、現代の結婚式・結婚披露宴にも随所に見られる。大仰な宴席や家意識を敬遠して、新郎新婦の両親や兄弟姉妹、親しい友人・知人のみで簡素に祝う、いわゆるジミ(地味)婚も多くなっている。
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